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ちょっと本を作っています

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第十一章 チビクロ、何処へ行こうか

第十一章 チビクロ、何処へ行こうか




静かに毎日が過ぎてゆく

千葉駅近くの幸ちゃんの店で飲んでいたら、初ちゃんが現れた。

「高石さん、バッチン(獣を捕る仕掛けのトラバサミ)を持って亀山の小母さんのところへ行こうよ」

「今度はイノシシがいいな」

「竹やぶのところにあった、鉄格子の仕掛けは使えないのかな?」

横合いから幸ちゃんが口を挟む。

「牡丹鍋もいいよね。パチンコを持っていって鳥を捕るのもいいよ」

「あそこの野菜も美味しいよ。牡丹鍋と焼鳥と野菜の付け合わせができるよ」

相変わらず、幸ちゃんの話題はすぐに食べ物に結びつく。


「自然薯を掘りにいくのもいいね」

「どうでもいいけど、小父さんの四十九日は終わったんだっけ」

「一度、お線香をあげに行こうよ」

「小母さんの都合を聞いてみるよ」

後はひとしきり、千葉にも鹿やイノシシが一杯いるという話で、周りのお客さんと盛り上がった。

千葉県で生まれ育った人たちも知らないらしい。

「千葉ってとこはね……」

どちらが千葉の人間か分からない。一席、講釈をぶって気分よく帰宅の途についた。


門の横開きの扉をガラガラと開けると、黒い塊が飛びついてきた。

「なんだ、まだ起きてたのか」

抱きかかえて真っ暗な裏山への道を、チビクロ砦へ向かった。

「いい子にしてたか」

「晩飯は食べたか」

ウーム、猫に話しかけるなんて、オレも焼きが回ったか。

これじゃ、テレビに「お前、いいかげんにしろよな」なんて話しかけている幸ちゃんや、

パソコンゲームの将棋で「ちょっと待ってよ」なんてブツブツ言っている清ちゃんも馬鹿に出来ないぞ。

反省しよう。


久しぶりにちょっと晴れた。少し肌寒いが、木々を渡ってくる風が心地いい。

さっきから、タンゴがこちらをジーっと見ている。

チビクロは私の肩の上で遊んでいる。

気がついているはずなのにチビクロはタンゴをまったく無視している。

ほかの猫が来ようものなら身構えるのだが……。

タンゴは何事もなかったかのように、そっと歩み去った。

お前たち、親子関係はどうなっているんだよ……。


また雨。雨が降り続いている。

その内、天気が良くなったら草刈りをしようと思うのだが、一向に晴れ間が見えない。

散歩コースにもまた雑草が、鬱蒼と覆い始めた。

チビクロが走り回っているが、草の陰でほとんど見えない。

トンボを見つけては50センチくらいも飛び上がる。

風にそよぐ雑草の葉を獲物に見立てているのか、草陰からジャンプするチビクロがときどき見える。

林まで来ると、杉の木を2メートルくらい駆け登る。

行きはよいよい帰りは怖いで、ツメを立て、ビリバリ音をさせながら、恐る恐る降りてくる。

何かを見つけて、懲りもせずに、また杉の木の高いところへ登ってしまった。

こんどはそう易々と降りられそうもない。

もう知らない。先に行くぞ。

それにしても、チビクロ、逞しくなったものだ。

晴れた日など、どこで捕まえてきたのかトカゲを咥えてきた。

逃げようとするトカゲ相手に1時間以上もジャレていた。

トカゲのほうも、何度も捕まえられては、そのたびに私の足元まで咥えてこられる。

30分ほどで逃げる気力も無くしたようだ。


じっと動かないトカゲを、チビクロは片足でトントンと突いては、逃げろとうながす。

もそもそと動き出したトカゲを、しばらくは見て見ぬふりをしている。

草むらが近づき一気に逃げ出そうとした瞬間、4、50センチもジャンプして両手で押さえ込む。

そしてまた、咥えて私の足元まで持ってくる。

爪を立てずに、傷つけないようにしているようで、遊ばれているトカゲこそ大迷惑だ。

「もうダメだよ」

トカゲは好きじゃないけど、チビクロを抱き上げて、トカゲを開放してやった。



トンちゃん、どうするの

トンちゃんちの駐車場の横に、一抱え以上もある萱(かや)の木は生えている。

「梅雨時は伐採に向かないんじゃないの」

萱の木の陰から、トンちゃんの声が聞こえてくる。

材木屋さんが来ているのだ。

裏山の大きな木は、私たちが来る前に、ほとんど売り払ったそうだ。

どおりで、木や竹が折り重なって倒れていた。

散歩道を作るために私が必死で取り除いた倒木も、やユンボで邪魔な木を押し倒した跡だったのだ。

裏山には、直径1メーターくらいの木の切り株があちこちに姿を見せている。

バブルのころと違って、材木なんて今は捨て値だそうだ。

それでも背に腹は換えられないと、また売るつもりらしい。

「これが我が家のご神木だ」と言っていた、裏庭の楠(くすのき)の大木も売り払ってしまいそうだ。

『まあ、しょうがないか。オレのもんじゃないんだから』

『チビクロの遊び場さえ残れば、それで良しとするか』

『チビクロも、これだけの太い木は登れないし……』と思いつつも、何か腹立たしい。


庭に懐中電灯がバラバラに壊れて散乱していた。

昨日、また街金の取立てが来たらしい。

トンちゃんが約束をしたのに留守なものだから、かんかんに怒っていたそうだ。

腹立ち紛れに、入り口にあった懐中電灯を庭石にぶつけて帰ったみたい。


トンちゃん、街金からの追い込み(取立て)が厳しくなると、別の街金へ手を出す。

そしてまた次の街金へ。

「借金を返すために借金をしていたら膨れ上がるばかりだよ」と注意するのだが、

『今を凌げればその内、土地が売れて借金を返せる』

と自分に言い聞かせているようで、生返事しか帰ってこない。


トンちゃん、自分で馬主をやるくらい競馬などの賭け事が大好きで。

フィリピンクラブも大好きで。さらに『いいカッコしい』だから、借金も遊び金が原因らしい。

どんなに人が良くても、そんな男なのだ。

だから、たった1人だけの身内の妹や、親戚からも相手にされていないようだ。


今さら土地が値上がりするわけない。

まして、これだけ担保がベタベタ付いていたのでは、売れても1銭の金にもなりっこない。

それより今、追い込みをかけてきているところは、違法な高利貸しばかりなんだ。

居直ってしまえば何とでもなる。

さらにそれよりも、まともな働き先を見つけたほうがよっぽどいい。


それなのに、「でも、働き先まで押しかけられたら……」の一言で終わってしまう。

前の働き先も、借金取りに押しかけられて、居ずらくなって辞めたそうだ。

一緒に暮らしていて、分かったことだが、トンちゃん、嫌なことはすべて先送りするタイプだ。

人は良いのだが、争ったり、目の前の難問に闘志を燃やすなんてことは、多分死ぬまで無いだろう。

誰かが助けてくれるといつも思っている。

近所のお婆ちゃんたちの「あの子はボンボンだから」と言っていた言葉が甦ってきた。


野次馬根性丸出しで、自分から争いごとや、事件を求めて徘徊したり、突進したり。

家族から「またー」と眉をひそめられる私とは、結果は余り変わらないが、まるっきり正反対の人物だ。

「オレが、やってやるよ。弁護士もオレの知り合いに頼んでやるから」

と言うのだが、「まあ、そのうち」の一言だけで、話題をすり返えられてしまう。


残念、昨日は、居れば良かった。街金なんて、叩き出してやったのに……。

チビクロ、お前じゃ、番犬の役目は無理なのか。引っ掻いてやれ。

とは思うものの、私とチビクロにとっては、今のままが一番いい。

たまに現れるヤクザの兄ちゃんや街金の取立てだって、刺激になって面白い。


取り立てに来る連中も、みんながみんなではないが、中には外見に似合わず人のいいのも居る。

さすがにヤクザも田舎ではのんびりしているな、と思うような人なつこいアンちゃんたちもいる。

最初はカッコをつけて凄んでいた連中も、最近ではニコニコと話しかけてくる。


組長と呼ばれている男が、私と並んで庭石に腰を降ろし、

「ここの庭木はもう少し枝を切り詰めたほうがいい」とか、

「池の水が濁ってきてるじゃないか? 月に一度くらいは水を替えたら」

「今度、錦鯉を持ってきてやろうか」なんて話しかけてくる。

私がタバコを取り出すと、もう一人の若い衆が急いで寄って来る。

「どうぞ」カチャとライターで火を点ける。

トンちゃんが昼間は逐電しているのも先刻承知で、「どうせ居ないんだろ」と気にも留めない風情だ。

定期便のように現れ、私と世間話を交わしては「邪魔したね」と帰ってゆく。


トンちゃんが自己破産でもしようものなら、ここもすぐ、競売になってしまう。

私は賃貸契約は結んでいるものの出て行かざるをえない。

宝くじでも当ればオレが手に入れるのだが、買っていないので当るわけない。

少々の立退き料は貰えても、チビクロ、お前はどうする? 

南の島へでも、一緒に行くか? それとも房総のチベット亀山の、コンタの里がいいか? 

その前に、徹底的に鍛えてやるからな。『闘猫 チビクロ』なんて、カッコいいだろう。

鹿やイノシシはトカゲやバッタとは違うんだから……。


私の会社のスタッフや、取引先の印刷屋さん、編集プロダクションの連中が、

「いつまでそんなとこで遊んでいるの、早く帰ってきてくれ」と大合唱だ。

帰ってきてくれと言わないのは、私の家族だけだ。

トンちゃんの様子を見ていると、どうしようもないほど追い詰められている。

今も、そのうち何とかなると思い続けているようだ。


隣の小父さんたちの話では、「もう、兄には、お金を貸さないで下さい」

と、トンちゃんの妹さんから電話があったそうだ。


チビクロ、何処へ行こうか。

アパートやマンションでは、お前を連れて行けないし……。

このまま隠遁生活を続けたい。私の田舎暮しはまだ始まったばかりだ。

どうせ丸刈りにしたんだ。出家でもしようかな。

でもオレ、無神論者なんだ。


第十二章 何で、お前まで行ってしまうのにつづく


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